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2010/05/25 05:12
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ユダヤ人とはアジア系民族でユダヤ教を信仰する宗教集団、あるいは、ユダヤ人を親に持つ民族集団という2つの捉え方がある。 本来、セム人がユダヤ人と称されることが多かったが、現在では、中東イスラエルに住む、ユダヤ教を信仰する民族として認識されている。 旧約聖書では、民族の始祖アブラハムが、メソポタミアのウルから部族を引き連れて カナンの地 (現在のイスラエル、パレスチナ付近) に移住したとされヘブライ人と呼ばれた。 もともと遊牧生活を続けたヘブライ人は、紀元前17世紀頃カナンの地から多くが国境警備の傭兵として古代エジプトに集団移住したようだ。 古代エジプト政権が変わり傭兵としての地位が変動したことに伴いヘブライ人指導者モーセが中心となり、約60万人の人々がエジプトからシナイ半島に移動していったものと考えられる。 カナンの地(パレスチナ)に辿り着き、この地の先住民であった商業で生計を立てていたフェニキア系民族の カナン人やペリシテ人 を、長年にわたる戦闘の末に駆逐あるいは同化させて領土を確保しながら国力を蓄えていったと考えられる。 その後、古代イスラエル王国を建国したが、ソロモン王の死後、紀元前930年頃 イスラエル王国と南のユダ王国 に分裂している。 北のイスラエル王国は紀元前 721年にアッシリアによって滅ぼされ、さらに南のユダ王国は紀元前586年に新バビロニアの侵攻により滅亡した。 支配者の入れ替わりが繰り返される間に、各地に貿易商人などとして移住し拡散したユダヤ人移民(ディアスポラ)の活動が始まった。 ローマ支配下の紀元20年代頃、ユダヤ属州北部ナザレの民から出た イエス・キリスト(ナザレのイエス) が活動した。 紀元66年からローマ帝国に対し反乱を起こし、鎮圧されユダヤ人による自治が完全に廃止された。 ユダヤ人の自称である「イスラエル」という名や、ユダヤ属州という地名も廃され、かつて古代イスラエル人の敵であったペリシテ人に由来する「パレスチナ」という地名がローマの指示により復活された。 ユダヤ人は2000年近く統一した民族集団を持つことなく、ローマの支配地域であるヨーロッパを中心に世界各国へ移住して離散していった。 そのため、ユダヤ教徒として宗教的結束を保って、各地への定着が進んだが、本来のユダヤ人でないカスピ海周辺のアーリア系民族もユダヤ教に改宗するなどして内部に入ったことにより、複雑化した構成になっている。 パレスチナの地に残ったユダヤ人の子孫は、多くは民族としての独自性を失い、のちにはアラブ人の支配下でイスラム教徒として同化し、いわゆる現在の「パレスチナ人」になったと考えられる。 PR |
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