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# マイソール戦争
2010/10/14 17:45
マイソール戦争
  (Anglo-Mysore War)
 18世紀後半、4度に渡ってインドのマイソール王国とイギリス植民地軍との間で行われた戦争のこと。
 
 マイソール王国のあった南インドは古来から季節風貿易で中近東やアフリカ大陸との間の通商交易に伴う莫大な利益により潤っていた。
 当時のインドで二番目に豊かな土地であたため、ベンガル地方をプラッシーの戦いで間接支配することに成功したことを追い風として、英国の支配地域を増加させるべくイギリス東インド会社が侵攻の準備を開始した。
 
 第一次マイソール戦争は、1767年マイソール王家の一人であるウォディヤールが、藩王ハイダル・アーリーの専横に対し近隣のマラータ同盟に救援を求めたことが発端となった。
 マイソール側の抵抗に同盟軍は各個撃退され、焦ったイギリスは態勢を立て直すために1769年に一時講和条約を結び、マイソールにカルナータカを割譲した。
 
 第二次マイソール戦争はマラータ同盟の内紛をきっかけに始まった第一次マラータ戦争の反イギリス勢力とハイダルが結んで始めたことから、イギリスは講和条約を破棄し、1780年再びマイソールに侵攻している。
 
 イギリスが撤退している間にマイソール王国のティプーは軍隊の近代化、内政の改善、諸外国との同盟などを進め国力の充実を図った。
 インド植民地化をねらうイギリスからは「マイソールの虎」として恐れられたていたことから、ティプーの努力でマイソールの実力は向上したが、イギリスは領土的野心から利益を生み出す卵としてインド経営に本腰をいれていた。
 そのため、周辺国であるマラータ同盟やハイデラバード藩王国を恫喝し自陣営に引き入れ、1792年第三次マイソール戦争を開始した。
 
 ティプーは外交政策を使って、フランスのナポレオンとの同盟を考え動いたもののイギリスから条約違反として、戦争開始の口実を与えてしまい、1799年最後の第四次マイソール戦争が始まった。
 
 この戦争でインドが英国の支配下に完全に組み込まれ、社会基盤と経済システムを破壊され抵抗できなくなってしまうというきっかけを作った。
 
 

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