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# ニザーム藩王国
2010/10/12 17:24
ニザーム藩王国
 1724年から1948年までの間、インド亜大陸に存在した藩王国
 ムスリム(イスラム教徒)の藩王によって統治されニザームの称号を持っていた。
 首都はハイダラーバード(ハイデラバード)で、ハイダラーバード藩王国とも呼ばれる。
 
 デカン高原に派遣されたムガル帝国の総督が建てた国である。
 1766年にはインドに進出してきたイギリスと友好条約を結び、その支配下に入った。
 外交権の喪失が詐欺的な友好条約による数次にわたる改定の結果によるものと考えられる。

 シパーヒー(セポイ)の乱とも呼ばれる1857年のインドの英国への従属からの離脱を意図した大反乱ではイギリス側につき、反乱の鎮圧を支援している。
 名目上はイギリスの「同盟者」であり、またインド最大の藩王国でもあった。
 なお、イギリスが藩王国の格付けとしていた藩王を迎える際の礼砲の発数は、最高の格付けである「21発」で遇されていた。
 
英国の植民地支配権は第2次世界大戦で日本が東南アジア等の西欧の軍事力を弱体化させたことにより不可能となり、インドが独立の流れを決定付けた。
 独立の際には当初、ムスリムである藩王はパキスタンへの帰属を望んだ。
 ただ、西パキスタンからも東パキスタンからも遠い位置にあったことが影響して、単独で独立を宣言した。

 住民の大多数はヒンドゥー教徒で、彼らは独立よりもインドへの帰属を望むという状況が発生した結果、インド亜大陸の中心部に独立した政権が出来るのをインド政府が嫌ったことから、1948年にインドに併合されている。
 
   

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