2014/04/13 06:39
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大手電力会社による地域独占となっている一般家庭など向け電力小売りが2016年の 電力小売り全面自由化 に向け、新規参入が活発化してきたという。 電力小売りが自由化されれば、利用者は他地域の電力会社や新規参入組を含めて料金やサービスを比較して購入先を選べるようなるといった理想論が先行しすぎている感じた。 家庭向けの7.5兆円市場をにらみ、通信や商社などの参入で、早くも乱戦模様となってきた。 電力の小売り自由化は2000年から大工場やオフィスビルなど大口需要家向けから始まった。 現在は中規模工場やスーパーなどにも拡大され、現状では全販売量の60%が自由化されている。 家庭や小規模商店などを含む全面自由化で、政府は2014年2月末に 電気事業法改正案 を閣議決定し、開会中の通常国会に提出、会期内の成立を目指す。 2016年に小売りを全面自由化した後、2018~2020年をめどに電力会社の発電部門と送電部門を分離し、小売りの料金規制も撤廃して電力システム改革は完成することとなる。 発電・送電分離を考えた場合、電力量が生産と消費の距離が長くなれば途中で発熱等で消耗する電力量が大幅に増加することになる。 また、電圧を上げて電気を運ぶにしても、電力の消耗が交換機等で発生することになる点が問題となる。 単純に電気の生産量と消費者の消費量が一致することはなく、途中に消耗される熱等をどのように判断するかと言った議論が必要だろう。 地域的なまとまりのある区分で電力の自由化にはメリットがあるが、無駄な投資や既存電力網を使った売電で、電力の運搬時の消耗量をどうするのかと言った点を明らかにする必要があるだろう。 そもそも、東京電力(現在の東京電力とは別 通称「東力」)と東京電燈の激突の余波のひとつで日本一の大喧嘩とも言われる 乱闘事件「鶴見騒擾事件」(関連情報) が1925年(大正14年)の暮れに現在の横浜市鶴見区で起きた。 当時、電力会社は全国に690社が乱立しシェア争いに狂奔しており現在よりも3倍の企業がひしめいていた。 その後、寡占化していく動きは経済合理性の視点から考えれば当たり前のことで、小規模企業が増えてもメンテナンス等を考えれば自然淘汰され寡占化が進むだけで一時的なアダ花でしかない。 電力を水に例えれば簡単に理解できるだろう。消費地に近ければ消耗を少なくしての水の運搬は容易い。川上から川下に流れをコントロールして届けるのもほぼ同じだ。 逆に水を高いところに流すにはポンプ等が必要となり経費が掛かる。 また、遠くの消費者に流すには途中の水路の整備や漏水が生じるため送り出す水の量と受け取る水の量は大きく異なることになりかねない。 近くの消費者の元に水を届けるのが一番経費も少なく企業経営には合理的ともいえるものだが、生産現場の近くに取引契約がなければ遠くの消費者に水を届けることになる。 他の電力の生産者とのシェアのコントロールが不十分であれば、無駄な設備投資ばかりが必要となるのは明らかとなる。 また、水路を維持保守するメンテナンス要員も確保して緊急時に対応することが必要だ。 理想と現実とは全く異なることが理解されているのか疑問もあるところ。 PR |
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